キカイ×ワールド
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Lab Data

名称:東京大学 大学院総合文化研究科 先進科学研究機構 柳澤研究室
PI:柳澤 秀吉(東京大学 大学院工学系研究科 准教授)
所在地:駒場IIキャンパスT棟401室
URL:https://sites.google.com/g.ecc.u-tokyo.ac.jp/yanagisawa-lab/

Prologue

ものをデザインするときに、多くの人は自分の「感性」をもとにデザインするだろう。デザイナーも例に洩れず感性でものの使いやすさや美しさを作り込む。
それでは、その感性を工学的なアプローチで研究することで最適なデザインを設計するとしたらどのようなデザインが生まれるのだろうか。
それを研究しているのが柳澤研究室である。設計工学、つまりものの設計を全般的に扱っている研究室であるが、特に人の感性に基づいた設計を行う「感性設計」の研究を進めている。「人が機械を使ったときにどのように感じるか」という性能やコストを考える従来の設計に留まらず、機械のユーザーの感性までを考慮した機械設計の世界を見ていこう。

Interview with Dr. Yanagisawa

ーーご自身の研究の概要を教えてください。

設計工学研究室では、産業システムを構成する人材としての設計者が独創性,多様性を発揮した優れた設計を行ない,ユーザのニーズ,感性,多様性に対応した新たな価値を提供する製品を創造するための,設計工学,ヒューマンウェア(humanware)工学,感性設計学の研究,教育を行なっています。

〜設計とは〜

機械を設計する上で考えなければいけない四力学(機械力学、材料力学、流体力学、熱力学)を統合して、ものやサービスにして価値あるものとして提供することである。

その中でも私は、人の感性を考慮した「感性設計学」を提案し研究しています。従来の機械の工学設計は、機能や性能を達成するための物理現象とそれを実現する機械の構造や挙動の計画を扱ってきました。一方、感性設計では、機能に加えて「使いやすい、使い心地がよい」といった使う人の感性に依存する良さ(感性価値)も含めて設計することを考えます。感性価値を含めて工学的にモノを設計するためには、人の知覚や感情といった心理とモノがもたらす物理との関係を解明して、設計者が使える数理モデルにする必要があります。私は、感性と物理を繋ぐ数理モデルの開発と、様々な設計問題への応用の研究をしています。
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<感性設計と工学設計の関係>

感性設計の例としてドライヤーの設計を考えてみましょう。ドライヤーの機能は髪を乾かすことですね。この機能を、熱風という「物理現象」で実現します。そして熱風の熱を電熱線、風をファンで実現する「構造や挙動」を設計します。
しかし「ドライヤーの音が不快だ」、「風が心地よい」といったユーザーの感性価値も含めて物理現象で実現するのが感性設計です。そのためには、音や風といった物理と、快・不快という感性との関係を明らかにして、エンジニアが設計で使える工学的な知識とする必要があるのです。物理と感性の間の関係が数学で記述できれば、物理現象から感性価値を予測することができるようになります。そうすると、設計者は、色々な設計のアイデアの感性価値をモノを作る前に計画する(設計する)ことができるようになります。

ーー感性はどのように計測するのですか?

感性の数理モデルの研究を始めた当初は帰納的なアプローチが主流でした。例えばアンケートを取ったり、脳波を測ったりして、モノに対する人間の反応を計測し、製品を構成する物理と統計的に結びつける研究です。しかしこのような帰納的な方法は、データの量が少なかったり、データの質がよくなかったりすると正しい結果が得られないほか、データと製品の間に生じる人間の反応が生じるメカニズムの解明には至りませんでした。
しかし、ここ10年で脳科学や神経科学の発展により、人の認知に関する脳の原理が見つかり始めてます。この脳の原理は、力学でいうところのニュートンの万有引力くらい強力な法則です。この脳の原理を用いて演繹的に人間の知覚や感情をモデル化する研究を進めることができるようになりました。

ーーその「脳の原理」ってどのような原理なのでしょうか?

脳の原理の説明の前に、脳がどの様に世界を認識しているかを見てみましょう。従来は生物は五感を通して得た信号を脳で処理し外界を知覚していると考えられていました。しかし、最近では、学習によって構築した脳内の世界モデル(生成モデル)の予測を認識していると考えられています(この考え方を予測符号化といいます)。
そしてこの脳の予測と五感を介して観測した結果との誤差(予測誤差)が最小になるように、脳はものを認識するというのが脳の原理です。
この誤差を数学的に表した量を自由エネルギーと言います。そして、自由エネルギーを最小化する脳の原理を「自由エネルギー最小化原理」といいます。

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<予測誤差について>
ーーこの原理を使ってどのような研究をしましたか?
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<柳澤研究室で行われた研究の例>

柳澤研究室で行われている研究の例をいくつか紹介します。

AIエージェントの社会的行動生成(スライド左、上から二番目)

ロボットの行動の制御設計に、自由エネルギー最小化原理を応用しています。脳の原理をロボットに組み込むことで、ロボットが生物、ひいては人間の様に振舞うのではと考えました。この例では、人と場を共有してインタラクションする配送ロボットに組み込みました。

歩道で対向する人同士がすれ違う時、お互いが状況を認識して阿吽の呼吸でぶつからずにすれ違うことが可能です。しかし、人とロボットの場合は、なかなか上手く行きません。そこで、ロボットに相手のモデルを持たせ、自身と相手のモデルの予測誤差の足し合わせを最小化する様に行動させました。その結果、お互いがお互いを配慮した、しかし効率的でスムーズなすれ違い行動が生成されました。

このように、人と機械との共存にも感性設計は重要ですね。

主体感を高めるインタフェースデザイン(スライド右、上から三番目)

近年、自動車の自動運転技術や高度な運転支援技術が発展しています。人に代わって機械という「他者」が操作する範囲が相対的に増えると、操作者の主体性が減少し、これにより操作の結果に対する責任感が低下します。例えば乗り物を操作しているときに交通事故を起こしてもそれに対する責任感を覚えないという問題があります。また主体感がないと運転していることに対する楽しさも無くなってしまいます。
このような背景もあって、最近、主体感に関する研究が多く行われており、それらの知見から次のような仮説を立てました。

仮説:自分の行動によりもたらされる結果の予想と実際の結果の誤差(=予測誤差)が大きいと、自分の起こした行為の結果ではないと認識するため主体感を覚えなくなる。

この予測誤差の指標として自由エネルギーを用いたモデルを立て、検証実験を行ったところ仮説が指示される結果を得ました。この知見を用いて、主体感を高める操作インタフェースの設計を自動車メーカと共同研究しています。

このように研究室では感性設計学を研究の核と位置付けていますが、その応用例は各自で自由度をもって研究しています。理論や応用、産学連携など様々な研究ができます!

ーー学問分野の先駆者としての難しさや喜びを教えてください。

私は博士課程のときに、設計工学の研究分野で、人がイメージした形を計算機との対話から具現化する設計システム(対話型進化計算)の研究開発に取り組んでいました。形の設計を研究する中で、感性やデザインに興味を持ち、それらの分野と設計の境界領域として感性設計学を提案しました。

新しい分野を切り開く難しさ

私は博士課程のときに、設計工学の研究分野で、人がイメージした形を計算機との対話から具現化する設計システム(対話型進化計算)の研究開発に取り組んでいました。形の設計を研究する中で、感性やデザインに興味を持ち、それらの分野と設計の境界領域として感性設計学を提案しました。

また、新しく提案する学問は、確固たる基盤が用意されていないため、自分で色々な学問を勉強してそこから自分の学問に通ずるところを抽出してきました。このように自分で学問の基盤を作るのが難しいところでした。

実際に先ほどの説明のように、研究を始めた当初、物理現象が感性にどのように影響を及ぼすかというメカニズムがわかっていなかったため、そのメカニズムがブラックボックスの状態でデータを統計分析する帰納的な研究に終始していました。この方法だと積み重ね可能な科学知識になりにくく、もどかしい思いをしました。

そして脳科学の分野を勉強しているうちに自由エネルギー最小化原理に辿り着き、蓄積可能な研究が進むようになりました。

新しい分野を切り開く喜び

新しい分野は研究をすればするだけ新しいことが開拓できます。また分野の権威がないので、自由に研究できます。このように主体性と自由度をもって研究ができるので面白いです。実際、うちの研究室の学生も主体性をもって研究に取り組んでいる人が多いです。

また感性工学は日本から世界に向けて発信する学問であるためやりがいがあります。海外でも徐々に感性工学の研究分野が広がりつつあります。ヨーロッパやアジア地域でも国際会議が開かれています。私は、その国際会議の実行委員としても活動しています。

〜感性〜

「感性」に対応する言葉は日本語以外にはなく、日本特有の概念である。
実際に感性工学の国際学会は”KEER (=Kansei Engineering and Emotion Research)”と呼ばれている。このように感性は日本特有の概念であり、感性工学が日本発の分野であることにもうなづける。

博士課程に進み、研究をやっていて純粋に楽しくなったからです。

私の父は彫刻家でアーティストでした。そのため芸術方面に進むことを考えたこともあります。一方で理数系に興味があり工学系に進み、研究が楽しくなりました。父が芸術家だった影響もあってか、元々感性と美的なものの関係には興味があり、設計において機能のみならず美的な観点をもって設計を追究したいと思うようになりました。

ーー東大生に向けてメッセージをお願いします

東大でしかできない勉強や研究、あるいは日本でしかできない勉強や研究があります。国際的な視野に立ったうえで、そうした固有性にも目を向けてほしいと思います。感性設計学もそのうちの一つだと思います。
私は博士課程で感性工学を研究している時に、アメリカの大学(UCLA)に留学する機会を得ました。その際、感性という日本特有の概念にアメリカの学生たちは興味を示してくれて私の研究分野について色々な議論が起こりました。私は当時はあまり英語ができな かったのですが、アメリカの学生たちが興味を示してくれたことで活発なコミュニケーションが生まれました。
このように日本や東大でしか学べない固有性があります。それらに目を向けて学び、それを強味として海外に行くことで、海外で得るものもより一層多くなると思います。
東大でしか学べないことをたくさん学んでください!
感性設計学もそうですので興味があればぜひ来てください(笑)

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<お話を伺った柳澤先生>

柳澤先生ありがとうございました!

Voices of students

柳澤研究室の博士課程一年生 (D1)の本多さんにお話を伺います。

ーーどのような研究をしていますか?

興味や好奇心を誘う人工物やロボットの研究をしています。その中でも面白い動きをする人工物に興味がありました。興味や好奇心というのは探究行動に繋がります。探究を促進するような製品の属性を調べることにより、人に興味を持ってもらえる動きをするような製品をデザインできると考えました。

修士の研究では好奇心と興味をもたらす面白い動きをプログラミングで条件を入れて作る研究をしていました。どのような条件で好奇心と興味がもたらせられるかを調べるために、さまざまな面白い動きをAIで自動生成して、それを被験者にみてもらいどのような動きが好奇心を刺激するかを聞くという実験です。

自動生成する動きはサプライズ(=予測誤差)という、人の予想からどれだけずれているかを表す指標を変数として生成されています。つまりサプライズが高い値を入力すれば人の予想から大きく離れた動きが生成されますし、 サプライズが低い値を入力すれば人が予想する動きをするということです。これらのサプライズは数学の情報理論をもとに計算されています。

結果としては人の予想する動きをする、サプライズの値が低い動きは単純すぎて人を飽きさせるし、あまりにも人の予想を大きく裏切る動きをする、サプライズの値が高い動きは複雑すぎて混乱してしまうという結果が出た。一番人の好奇心をそそった動きも判明しました。人はちょうどいい塩梅で意外性のある動きを面白く感じるということがわかりました。

ーー研究のスケジュールを教えてください

午前10時ごろに大学に来て研究室全員で集まって研究の進捗を報告をする研究会に出席します。研究会が終わると、12時から午後1時の時間帯には研究室のメンバーと昼食に行ったりします。それから午後6時ごろまで研究をしたり、研究以外であればバイトをしたりしてます。

ーーどのような時期に研究が忙しくなりますか?

時期によって忙しさは違いますね。
修士の頃の話になりますが、私の研究室はその研究の特性上ずっと実験をしているわけではなくて、理論を構築したり実験を行う際に使うプログラムを書いていることの方が多いです。実際に実験を行う時は被験者実験と言って人を呼んで実験を行います。1人で複数人の被験者を相手するので忙しいです。
卒論を書いているときも忙しかったです。修士卒論を書いた後にそれをジャーナル論文化するのが大変でした。ジャーナル論文とは権威ある学術誌に載せるために英語で書く論文で、査読も厳しいので夜遅くまで執筆に勤しんでいました。

ーー修士と博士の違いはなんですか?

修士と博士は研究するという点ではそこまで変わりませんが、より自立して研究を行わなければならないという点で修士と博士は異なると思います。例えば、博士では教授からテーマを与えられるのを待つような姿勢ではなく、自分で考えて研究を構築したり、自分で計画を立てて研究を進めるような姿勢が求められます。そのなかで自分の研究の哲学を確立していきます。後に研究で結果が出た際にも自分で研究成果を発信するような主体性が求められます。このように自立して主体的に研究に取り組む姿勢が強く求められるのが博士です。

ーー研究者にはどのような特徴がありますか?

研究が自由にできるところです。研究内容の性質上、常に実験を行っているわけではないのでコアタイムがなく家で作業をしていてもいいので融通がきく研究室だと言えます。自由とは言いますが、実験の行い方に関する助言を下さるなど先生の面倒見もいいです。また先輩方も優秀な方が揃っているのでさまざまなアドバイスを受けることができます。

研究内容についてみていくと、他の機械工学専攻の研究室は往々にして力学をメインとして機械の研究を行っているところが多いですが、この研究室はデザインとか感性とか人間とかを扱う情報寄りなことをやっているという点で珍しいでしょう。またダンスや音楽など文化的なものも工学に絡めて研究対象とするので、多様な研究が生まれるのがユニークな点だと思います。

ーー将来何がしたいですか?

博士でやる研究についてお話しします。
博士では設計者やデザイナーの思考回路を模倣したAIの設計を行いたいです。自動で設計するAIは既にありますが、思考プロセスを模倣するようなAIはないのでそれを作りたいです。そして人の脳の計算モデルを用いてこのAIをできるだけ人間に近づけることを試みます。それでもやはり完全に人間にはなれないと思うので、そこに人間とAIの境界を明らかにするヒントがあると思っています。私は以上のプロセスを通して人間とAIの境界を明らかにしたいです。
それによって人間とAIが各々が得意とすることが判明すると思うので人間とAIが共生してより良い製品やサービスを提供できるようにしたいです。

ーー最後に学生に一言お願いします!

モラトリアムを楽しんでください。人生100年時代に3,4年人と異なることをしても最終的には変わらないと思います。だからこそ20代のうちは親や周囲が勧めてくる安定している人並みな幸せよりも、自分が本当に心揺さぶられるようなことに身を置いてみてください。普通の人と異なる経験を得ることができて、尖った才能を手に入れることができます。これは自分の個性として大きな強みになると思いますので結果的には幸せになれると思います。

実際私も修士に進んだ際、多くの人は先輩から研究テーマを引き継いでその研究を行うことが多いですが、私は他の人から研究テーマを引き継ぐよりも、自分の研究だと思える研究がしたかったので自分で研究テーマを見つけることにしてみました。しかし最初の一年間は何も成果が上がらず、研究テーマにたどり着くためだけに一年を費やしました。

それでも研究が無事終わった今となっては最初から自分で研究を決めて最後までやり切ったという体験が自信に繋がりましたし、当然喜びもありました。

だからこそ自分の心を揺さぶるものを継続してみて体験するようにしてください!

本多さんありがとうございました!

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