名称:東京大学 大学院情報理工学系研究科 バイオハイブリッドシステム研究室
PI:竹内 昌治(東京大学 大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 教授)
所在地:本郷キャンパス工学部二号館、駒場キャンパス生産技術研究所
URL:https://www.hybrid.t.u-tokyo.ac.jp/
生きものと機械。この一見異なる二つを融合させることで、これまでにない新しい世界を切り開こうとしている研究者がいる。
東京大学大学院情報理工学系研究科の竹内昌治教授だ。竹内先生は、細胞を用いて人工筋肉や生体組織を作り出したり、細胞と機械を組み合わせたバイオハイブリッドロボットの開発に取り組むなど、生物の特性を活かした工学的応用に挑戦している。細胞の働きを取り入れたシステムや、生物のように動作する柔軟なロボット――竹内研究室では、生命と工学が交わる最先端のプロジェクトが次々と生まれている。本記事では、竹内先生と研究室の学生の方々にご協力いただいたインタビューに基づき、竹内研究室の魅力と、その先に広がる未来像を紹介する。竹内教授:
私の研究は、生物と機械が融合したバイオハイブリッドロボットの開発に取り組んでいます。例えば、バイオハイブリッドアクチュエータ(図1)、バイオハイブリッドセンサ(図2)等があります。これらのロボットは、従来の機械とは異なり、生物の機能を活かすことを目指しています。生体を生きた状態でロボットに組み込み、駆動させるには、養分供給が必要になりますが、人体で言うところの臓器のように、養分を消化・吸収するシステム(バイオリアクタ)をロボットに取り込むことを目標としています。さらに、ロボットを皮膚で覆うこと等により、見た目や触感が人間と区別できないようなロボットを作り出すことも目指しています。
竹内教授:
旧来の機械は、ソフトウェアとハードウェア、人工物同士の組み合わせで成り立っています。しかし、これでは実現できない機能が生物には備わっています。例えば、犬の鼻のような高感度の匂い感知や、自己修復、自己増殖能力など、生物にしかできないことがあるんです。こうした生物の特性を機械に取り入れたら、より高度な機能を持つロボットが作れると考えました。これを我々は「ウェットウェア」と呼んでいます。
竹内教授:
大学四年生の時に、昆虫の足を使って電気刺激を与えることで、昆虫の動きを再現することを試みました。毎日何度も試行錯誤を重ねた末、うまく行ったときの達成感は素晴らしいものでした。「生体の動きを機械に取り入れる」という研究に興味を持ったのはこのときでしたね。
竹内教授:
「とにかく自由に楽しくやりましょう」というのが一つのコンセプトになっています。もちろん、研究として成立するには、その研究が誰もやったことがないことであること(新規性)や、他と比べて何か優れている点があること(優位性)、さらに社会に与える影響や意義が必要です。しかし、研究を始めるにあたって、それが何の役に立つのかは、必ずしもそのときに考える必要はないと思います。そのため、面白いと思ったことをひたすら突き詰める、そして何か達成できたときに皆で共有して、どんな実用性があるのか考える、という方針をとっています。
竹内教授:
その通りです。新規性と優位性さえあれば、面白い、やってみたいと思ったことはどんどんやってください、というスタンスです。私たちが開発した、細胞をひも状に加工するセルファイバー技術(図3)も、ただ「細胞をひも状にしたら面白いんじゃないか」という発想から生まれたものです。最初は何の役に立つのかわからなかったですが、たまたま研究室に入ってくれた臨床のお医者さんから、医療器具に使えるのではないか、という提案を受け、カテーテルのような、細い医療器具に入れて移植のツールとして使うことができる可能性を示した結果、実用性が認められ、ネイチャー姉妹誌に掲載されることとなりました。また、最近やっている「ロボットに皮膚を貼る」というものも、世界中から「日本人はなにをやっているんだ」という反響がありましたが(笑)、面白くてとても魅力を感じています。まだ実用化には至っていませんが、化粧品の開発や創薬、医療界等、様々な分野からの問い合わせがあり、今後何かの役に立つ可能性はあると思います。研究を始めるときに意義を見出せなかったとしても、誰もやっていない技術を本気で開発して、様々な視点から考えれば、有用性は見えてくるというのが、私たちの考えです。
竹内教授:
色々ありますが、先ほどのセルファイバー技術に加えて、人工細胞膜を再現した研究にも取り組んでおり、細胞が生まれるプロセスを再現するという新しい試みでした。他にも、マウスの耳にセンサを埋め込んで、血糖値が高くなると光るセンサ、スマホに貼る3次元ディスプレイ用シートや、世界で一番薄い有機ELディスプレイを作ったこともあります。最近では、筋細胞から構築した人工筋肉の研究にも力を入れており、この研究室では、世界最大かつ最強の人工筋肉を作り出しています。それでも、まだ人間の筋肉の100分の1から10分の1程度の強さしかないんですよ。
竹内教授:
まさしく神秘ですよね。人間の腕は強い筋力を持つだけでなく柔らかくて器用なので、人間の腕を持つロボットが開発できたら、今よりもっと様々な仕事ができるようになると思います。
現在の最大の課題は、体内と同じ環境を体外で再現することです。生物は臓器などを簡単に作り、養分を与えることでそれを維持することができます。しかし、体外でそれを実現するのは非常に難しく、培養肉(図4)の研究でもその壁にぶつかっています。私たちは日本で初めて培養肉を食べられる環境を作ったグループですが、牛肉の味を再現するにはまだ課題が残っています。培養肉の70%以上は牛肉の細胞なので、牛肉の味がしても不思議ではないはずですが、なぜか牛肉の味はまだしないのが現状です。現在、その原因を解明中です。
続いて、研究室の修士一年の学生である、平沼さん、谷村さん、寺田さんにもインタビューさせていただきます。
谷村さん:
ロマンですね。人体や生命はロボットよりも高性能な部分が多いと思うので、その魅力に引き寄せられました。
寺田さん:
高校生の時に、生命とロボットの両方を学べる研究室があることを知り、非常に魅力を感じました。それがきっかけで、東大を受験することを決めました。
平沼さん:
生命に関する知識はなかったのですが、ラボの雰囲気が良かったので選びました。教授との関わりが多い点も大きな魅力です。
谷村さん:
研究室に入ってから学ぶことが多かったです。先輩方が研究を紹介してくれる講習会などが充実しているので、そこで学びました。
谷村さん:
人が多く来る研究室ですね。週5で来ているので、忙しい時期は泊まることもあります。細胞を培養するためには時間がかかるので、実験の進行に合わせて調整が必要です。他の機械系の研究室とは違い、研究室にいないと作業ができないことが大きな特徴ですね。
平沼さん:
自由度が高くて、やりたいことを追求できるところが魅力だと思います。
寺田さん:
そうですね。守備範囲が広いので、どんなことでも挑戦できます。
谷村さん:
まず、何をやってもいいので、テーマが無数にあります。筋肉、皮膚、神経、どれをとっても選択肢がたくさんあるのは面白いけど、どこに挑戦するかを決めるのが難しいです。 さらに、前例がないテーマに挑戦しているので、「本当にできるのか?」という不安もあります。しかし、新しいからこそ大変ですが、一歩一歩確実に成果に繋がるのがやりがいです。
寺田さん:
自由で難しいですが、先生方がしっかりフォローしてくれるので安心です。ロボットの研究をしているため、自分が専門外の分野であっても、細かい提案をしてくれるので非常に助かっています。
平沼さん:
難しいと感じたら、先生方にとりあえず聞いてみれば、候補を提示してくれるので、方向性が見えてきます。
寺田さん:
本気でわくわくできるものを作れる場所です。特に、バイオハイブリッドの分野は今後注目される分野なので、熱い分野ですよ。
平沼さん:
自分が何をしていいか分からない人でも、ここではいろいろなものに触れることができるので、おすすめです。
谷村さん:
学会の機会が多く、費用も負担してもらえることが多いです。経験を積むことができ、教授との交流も盛んで、みんなが明るくて話しかけてくれます。ここで行う研究は世界最先端で、研究力が高いので、目立つことができます。
ーありがとうございました。
※途中の写真や画像は、竹内先生から頂いたハイライト資料のものを使わせていただきました。
取材日:2025年4月15日
インタビュー・文責:西智哉・垣内創太