キカイ×ワールド
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Lab Data

名称:知能情報システム研究室
PI:國吉康夫(東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授)
所在地:東京大学 工学部2号館 82A2号室 國吉・中嶋研究室(知能システム情報学研究室)
URL:https://www.isi.imi.i.u-tokyo.ac.jp/contact/?lang=ja

Prologue

知能とは何か、そしてそれがどのようにして生まれるのか。これは哲学から人工知能の研究に至るまで、長い間多くの学者たちを魅了し続けてきた問いです。私たちが日常で目にする高度な技術の背後には、この根本的な疑問への探求が存在しています。知能の生成過程を研究する知能情報システム研究室について紹介します。

國吉研究室では、人間とロボットの知能を深く掘り下げ、どのようにして知的行動を創発するのかを探究しています。彼らの研究は、単に技術を開発するだけでなく、知能そのものがどのようにして「生まれる」のかという、より哲学的な問題に挑んでいます。

知能の起源と発展を理解するために、「身体性」の概念が非常に重要になっています。身体性とは、知能が単なる抽象的なものではなく、物理的な体と深く結びついているという考え方です。この研究室では、知能がどのようにして生まれ、発展するのかを解明するために、身体がどのように知的プロセスに影響を与えるかを深く掘り下げています。

研究の中心には、赤ちゃんがどのように世界を理解し始めるのか、そしてそのプロセスが成熟した人間の知的能力にどのようにつながるのかという問いがあります。この視点から、研究室では、ロボットが物理的な体を通じてどのように「学ぶ」かについて実験を行っています。   身体性が知能の根本にどのように組み込まれているのか、そしてそれが人工知能技術やロボット工学にどのような示唆を与えているのかを探ります。

Interview with Prof. Kuniyoshi

ーー研究の概要について教えてください
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身体性と知能の生成

本研究室では、知能がどのようにして生まれるのかを深く探求しています。特に、「身体性」という概念に注目し、これが知能形成においてどのように重要な役割を果たすのかを研究しています。

ロボットの動作を単なるプログラムによって、駆動し人が直接教え学習させる方法では、本当の知能とは言えません。ソフトウェアが何かをする機能がない状態で始まった時に何が起こるかという点に着目し、何もないところでは、まず体を動かし、体の運動やセンサーの感じ方から学習するしかないという点で、身体性が知能の生成に与える重要な影響の研究を始められ たそうです。コーネル大学で行われた研究では、フリージョイントで繋いだだけの2本の足が自然に歩行し、何も制御せずとも、自然と歩行が創発されている様子が観察され、これは、身体性が運動パターンの創発に影響を与えることを示唆しています。

本研究室では、より複雑な「跳ね起き」動作を等身大ヒューマノイドロボットで実現しました。仰向けに寝た状態から両脚を振り上げ、振り下ろし転がりながら一気に起き上がる動作です。

転がる時など、体の動きを直接駆動するものがない時は慣性で体は動いており、直接制御ができません。制御理論ではそのような運動は非常に難しいとされています。この研究では「ツボ」という概念が重要な役割を果たしています。ツボとは、特定の重要なポイントや瞬間を指し、これを把握することが成功への鍵です。例えば「跳ね起き」の場合は、振り下ろした両足が地面に着く瞬間に全身が特定の姿勢を取ることが重要で、これが適切に行われると、起き上がることに成功できます。このように、身体性を通じて得られる具体的な情報が、より効率的かつ効果的な学習プロセスを支援します。

カオス写像による運動パターンの創発

ロボットの運動能力を最大限に引き出すための新たなアプローチとして、カオス理論を応用した運動の創発の研究が行われています。特に、ロボットのセンサーと関節駆動力の間にカオス写像を組み込むことで、予測不可能ながら高度に協調された動作パターンを自発的に生み出すことに成功しています。

この研究の核心は、「与えられた体で何がしやすいか」を発見し、その発見を基に行動を繰り返すことにあります。伝統的な最適化手法に頼るのではなく、カオス写像を用いることで、ロボット自身が様々な運動パターンを探索し、適切なものを「選択」する能力を持たせる試みです。カオス理論を適用することで、ロボットは複数の動作グループ間で同期を取ることが可能となり、異なる動作が自然に同期したり、逆に独立したりする複雑なダイナミクスを展開します。

実験では、単純に結合された筋肉モデルを用いて、何も定義されていない状態からスタートし、複数の筋肉がどのように相互作用するかを観察しました。このプロセスでは、ランダムに見えるカオスな信号が、実はリズミカルな運動へと自然に組み立てられ、ロボットが自発的に新しい動きを生成する様子が確認されました。これは、身体がどのように情報を生成し、それに応じてどのように適応するかを示す貴重な示唆を提供します。

さらに、このアプローチは、ロボットが直面する環境の変化に対しても柔軟に適応できることを示しています。例えば、障害物に遭遇した際には、ロボットは新しい歩行パターンを迅速に発生させ、障害物を回避します。これらの成果は、ロボットが自らの体を使いこなし、与えられた環境内で最適な行動を見つけ出す能力を有することを示唆しています。

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胎児の運動と脳の発達モデル:身体性の初期形成

人間の発達初期段階における身体運動の原理を解明する研究も行われております。特に、胎児期における運動の始まりと、それが脳の発達にどのように影響を与えるかに焦点を当てています。この段階での運動は、大脳の機能がまだ発達していない中で、脊髄の回路を通じて行われます。この事実から、胎児の運動が基本的な脊髄回路の活動によって引き起こされるという仮説を立て、これをモデル化しました。

非線形振動子モデルを応用して脊髄内の回路を模倣したモデルを開発し、これにより胎児の動きに似た運動パターンを再現することに成功しています。このモデルは、筋肉の相互作用を直接プログラムせずに、体を介した物理的な相互作用によって動きが決定されるよう設計されています。このアプローチにより、自然に近い運動が創発されることが示されました。  さらに、この研究は産婦人科医の協力を得て、胎児のMRIやCTデータを基にした筋骨格系の生体モデルにも応用されています。これにより、実際の胎児の運動パターンと非常に似た動きがシミュレーションで再現されました。

研究の進展により、胎児期から始まる体の自発的な動きが、脳のネットワーク形成や感覚的認知の発達に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。この自発的な運動は、脳が外部からの具体的な入力を受けなくても発生し、後の学習や認識能力の基盤を形成します。これは、人間の認知発達において、身体性がいかに基礎的な要素であるかを示しており、この身体的な基盤が成人期の高度な認知機能へとつながる道筋を提供しています。

さらに、この研究は自閉スペクトラム症の原因を探る仮説にも寄与しています。早産により発達障害の発症確率が数パーセント高くなることと、自閉症児の体性感覚の特徴との関係について検討しています。身体感覚と認知の間の密接な関連を理解することは、将来的に発達障害の早期発見や介入に役立つ可能性があります。

ーー学生の行っている研究について教えてください。

当研究室に所属する学生が行っている研究は、赤ちゃんの運動と認知の関係を探ることに特化しています。この研究では、特定の動きがどのようにして赤ちゃんの外界操作能力と結びつくかを分析しています。

研究の具体的な手法として、赤ちゃんの足にリボンを結び、そのリボンをモビール(揺れるおもちゃ)に接続します。赤ちゃんは自発的に足を動かし始め、その動きがモビールを揺らすことで、足の動きが外界の物体に影響を与えていることを学びます。この実験から、赤ちゃんが自分の運動をどのように認識し、それを動かすかについての洞察を得ることができます。さらに、モビールの接続を解除した後にも赤ちゃんがより強く蹴るようになる行動から、彼らが運動と外界の変化の因果関係を理解し始めていることを示唆しています。

この研究は、運動と認知の相互作用を理解するための基盤を築くものであり、特に自己の体の動きを通じて外界をどのように操作し、認識するかについての深い洞察を提供します。また、この過程がどのようにして赤ちゃんの自己認識と外界認識の基礎を形成するかを探ることで、発達心理学や認知科学の理解を一層深めることが期待されます。

この研究は、人間の認知発達を理解する上での新たなアプローチを提供しており、身体性がどのようにして脳の構造と機能に影響を与えるかについての貴重な洞察を提供しています。

ーー今後の研究の展望について教えてください。
発達の連続的な実現

教授のチームは現在、赤ちゃんモデルを用いて基本的な認知能力がどのように形成されるかを研究していますが、その発展過程を完全につなぐことはまだ達成されていません。この研究は、赤ちゃんが自分の体と他者を理解し始める段階から、より高度な認知的能力が自然に発展する過程を探ることを目指しています。教授は、「発達のプロセスを全体として連続的に理解することが、私たちの最終的な目標です」と述べています。

内臓・神経モデルの統合による感情の創発

教授は内臓のモデルと神経系のモデルを統合することにより、感情や情動がどのように発達するかについての研究を始めました。この研究は、「内臓がどのように感情の発生に影響を与えるか」という生物学的な問いに答えることを試みます。内臓や脳のモデルによる心の発生から、AIに善悪や喜びなどの感情を理解させることを目標としています。教授は、脳と心拍などの内臓の動きのループによる感情の強化・生成が情動・感情への糸口になると述べています。

身体性によるAIの課題の解決

現代のAI技術が急速に進化する中、その問題点も同様に明らかになってきています。AIが時に予期せぬ、不適切な出力をすることがあります。現在自然言語処理などの生成AIでは、出力の部分でフィルターをかけていますが、これが突破されることもあり、大きな課題となっています。これはAIが持つ学習モデルが「何でもあり」の状態であるために生じる問題です。教授は、人間の身体性を模倣することによって、AIのこのような無制限の振る舞いを適切に制約する方法について言及されました。実際のロボットは一つの位置に移動するだけでも多くの自由度があるが、身体性により、物理的な制約を受けています。このある種の「物理的制約」を生成AIに応用することができれば、不適切な生成を防ぐことができると可能性があると考えています。

ーー普段の研究の様子について教えてください

研究者としての生活は一般的なオフィスワークとは異なり、特に自由度が高く柔軟なスケジュールが特徴です。教授の日常は、研究室での活動と自宅でのリモートワークが混在しており、週に一度の研究会や輪読会を中心に構成されています。これにより、研究者たちは新しい知見を共有し、進行中の研究に対するフィードバックを得る機会を持っています。

教授は、研究室メンバーに対して高い自律性を認めています。コアタイムの設定は特になく、研究成果を出している限り、メンバーは自分のスケジュールを自由に管理できます。これにより、研究者は自身の生活リズムに合わせて、最も効率的な時間に研究活動を行うことができます。教授自身も、日々のスケジュールを柔軟に調整しながら、多忙な中でも研究に集中しています。

教授は自宅や他の場所からでも研究活動を行うことが可能です。これは特にプログラミングやデータ解析が主体の研究において有効で、場所を選ばずに作業が進められます。ロボットの実験など、実験装置を必要とする研究では、研究室での作業が必要になることもありますが、それでも研究テーマに応じた柔軟な対応が可能です。

教授は、研究室の運営だけでなく、複数の学術機関や政府プロジェクトに関わるなど、多岐にわたる職務を担っています。これにより、彼の一週間は会議や審査などの公的な任務で埋まることも少なくありません。しかし、これらの忙しさの中でも、研究の質を落とさないように、優れたタイムマネジメントを行い、効率的な研究活動を続けています。

ーー機械情報工学科の良さを紹介していただけますか?

教授によれば、この学科はロボット工学に特化した教育を提供しており、学生がロボット工学に興味を持っている場合、他のどの学科よりも充実した環境が用意されています。教授は、「当学科に入学すれば、ほぼ間違いなくロボット関連の研究に携わることができます。他学科では一部の研究室のみがロボット研究を行っているのが常ですが、当学科では幅広い研究室がロボット技術に取り組んでいます」と語ります。

さらに、機械情報工学科は、最先端の知能ロボット研究だけでなく、人間と機械のインターフェース、バイオハイブリッドシステムと、多岐にわたる研究が行われています。ソフトウェア、ハードウェア、さらにはウェットウェアに至るまで、学生が興味を持つあらゆる角度からアクセスできます。研究室では、学生の意見が最大限に尊重され、新しいアイデアに挑戦する機会が豊富にあります。自分の研究を自由に進めることができるのは、この学科の大きな魅力です。

ーー最後に、学生へのメッセージをお願いします。

まず、新しい分野に挑戦する際には、基礎学力をしっかり固めることが大切です。数学や物理、そして言語能力や論理的思考力を養うことは、プログラミングやロボット工学を学ぶ上で非常に役立ちます。

また、新しいことに取り組む姿勢も重要です。受験勉強も無駄ではなく、新しい知識を身につけるための手段として捉えることができます。学び方や勉強方法を理解し、効果的に学ぶことが大学や将来の分野で活躍するための土台となります。

さらに、興味を持つことや好奇心を大切にしてください。何か一つのことに真剣に取り組むことは、自分を成長させるために欠かせません。ただし、新しい分野に触れる際には、「できた」感覚にとらわれず、もっと深く探求し、未知の世界を見つけ出すことも大切です。

最後に、学問の枠を超えて多様な知識やスキルを身につけることをお勧めします。心理学や神経科学、さらには医学の知識など、異なる分野から学ぶことで、より幅広い視野を持ち、新しいアイデアやソリューションを生み出すことができます。研究で必要になった時にその場で勉強し身に着ける能力は非常に重要です。

学びの姿勢を大切にし、自らの興味や好奇心を追求することが重要です。自分の道を見つけ、目指す未来を実現してください。応援しています!

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