キカイ×ワールド
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Lab Data

名称:東京大学工学系研究科 機械工学専攻 新井研究室
所在地:東京都文京区本郷7-3-1 東京大学工学部2号館7F 73D4室
URL:https://www.biorobotics.t.u-tokyo.ac.jp/index.html

Prologue

近年のロボットの発展は目覚ましいものであるが、それでも人工物だけでは実現不能な 機能は多い。例えば生物の持っている自己複製やしなやかさといった機能は生物固有のも ので、人工物だけで実現するのが困難な機能の代表例であろう。今回訪問させていただいた 新井研究室ではそういった生物固有の機能を計測し模倣してロボットに搭載する、バイオ とロボティクスの融合分野である「バイオロボティクス」を研究テーマとしている。一見相 容れなさそうな生物とロボットの融合分野、一体どのような研究がなされているのだろう か。

Interview with Prof. Arai

ーーバイオロボティクスとは何か詳しく教えてください

バイオロボティクスとはバイオとロボットの融合領域で、生物の機能を理解するための 計測装置を発展させるという側面と、その計測装置を利用して生物のようなロボットを作 製するという側面があります。生物にもロボットにもそれぞれの良さがありますが、生物の 自己複製能力やエネルギー効率の高さ、しなやかさ等は人工物だけでは実現できない機能 として挙げられます。こう言った機能を模倣しながら、人工物の持つ長所と生物固有の機能 を兼ね備えたロボットの実現を目指しています。

ーー生物らしいロボットを実現するためにはどのような技術が必要なのですか

ロボティクスのおける基盤技術として力学、制御工学は基本となっていますが、生物を模 倣し機能を高めていくためにより重要なのは集積化の技術です。マイクロナノメカトロニ クス、いわゆる半導体の集積技術を用いて微小ながらも多機能なメカニズムを研究してい ます。また集積技術で微細なロボットができたとき、ロボットが外界から得た情報を処理し て自身の機能向上や運動制御に活かしていく際に、情報科学や機械学習の技術も必要にな ります。

ーーバイオロボティクスはどのような方面に応用されるのですか

研究室での取り組みの中でも特に難しいとされるのが、因果推論の研究です。人間は物事が起こる際にその原因を追求し、問題があれば対処する能力があります。これは、未経験の事象であっても将来どう起こるかを推論できる能力に基づいています。
因果推論は、単なる相関関係を超えて、ある事象が別の事象を引き起こす機序を解明する試みです。しかし、この研究には困難が伴います。教授は、相関と因果の区別が難しく、特に実世界の広い範囲での因果関係を特定することは更に難しいと指摘しています。たとえば、医療画像認識で見られるように、ある症状が特定の病気を引き起こすかどうかをAIが識別することは、因果推論の一例です。
原田教授によれば、実空間における因果推論の研究は「無限の情報」から「有益なもの」を見つけ出し、それに基づいて予測を立てるプロセスです。
また、原田教授は因果推論の重要性を強調しながらも、現在の技術では完全な解明が難しいとも語っています。これは、短時間での強い関係性に比べ長時間での関係性の区別が難しく、時間軸によって因果関係がどのように変化するかを理解することが重要だからです。
このように、因果推論はAI技術の進展とともに、より精度の高い予測が可能になることが期待されていますが、その道のりは困難であり、研究者たちはこの挑戦的な領域で新たな発見を目指しています。因果推論を深く理解し、それをAI技術に応用することで、さまざまな分野での問題解決に貢献できる可能性があります。

ーー普段の研究の様子について教えてください

私たちの研究室では分析応用、実験応用、医療応用の三つに分けて研究を進めています。 生物を理解する際の計測、分析等の操作に対してロボティクスの技術を加えていくのが分 析応用です。例えば各細胞がどのような遺伝子発現をしているか等を調べるには細胞を一 つ一つ分離する必要がありますが、その操作には人間には出来ない微細な作業を可能とす るマイクロロボットが必要です。また私たちの研究室では現在、患者の血液に含まれている がん細胞を分離する技術を研究しており、そこで用いるシステムは一秒に1000 万個ものス ピードで対象を分離することが可能です。

実験応用というのは実験室にロボットを組み込み、実験室全体を知能のある巨大システ ムのように組み換えて人の代わりに理科学実験をさせるというものです。理科学実験を人 の手で行うのはどうしても莫大な時間がかかり、精度も実験者によって左右されていまし たが、人間がロボットを監視して実験をさせるという形態にすればこれらの問題は解決さ れます。

三つ目の医療応用とはマイクロロボットを患者の体に入れて様々な治療や投薬、種々の 計測等を行うというものです。例えば眼底の血栓を取り除く際などは、グルコース溶液の中 をケーブルなしに自発的に動くことが出来る直径 10μほどのマイクロロボットに、血栓を 溶解させるような薬剤を搭載して患部に向かわせる、といったことが可能になります。また、 カプセル型のマイクロロボットで体内温度や PH を測定することも可能です。さらには大 腸などの消化器官にできたがんを、マイクロロボットを直接患部に向かわせて切除すると いったことも将来的には可能になるかもしれません。

ーーバイオロボティクスの具体的な応用例を教えてください

下はバイオニックアイと呼ばれる眼科手術の練習用に使われるものです。網膜や緑内障 等の様々な症例に合わせた目のモジュールを用意しており、内部のセンサーによって手術 の際に眼底にかかる圧力を 0.02g ほどの分解能で測定することが出来ます。手術ロボット を開発して患者さんに負担の少ない施術方法を確立する際や、その新しい施術を眼科医が 練習するときなどに用いられます。眼科手術の他にも、脳手術や血管手術、消化器系の手術 の練習に用いるモデルも作成しています。

ーー研究の展望や方向性について教えてください

研究の未来について考える際、我々は常に新たな課題と可能性に直面しています。特に現代の技術進歩は、研究における新しい問題を引き起こす一方で、解決策を提供する機会も提供しています。教授は、研究室の展望として、「ロボットの知能」と「分散知能」の二つの主要な方向性を挙げています。

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医療関係でいうと、生体内サイバーティックアバターの実用化も目指しています。サイバ ーティックアバターとは人の代わりとなる小型ロボットとサイバー空間の技術を組み合わ せ、従来のようにロボットを操作盤で遠隔操作するのではなく、仮想空間にある自らの分身 を動かすことでロボットを操作する技術のことです。この技術により、身体障碍者や高齢者 の社会参画の他、医者があたかも患者の体にはいって健康管理をするといったことも可能 になります。現在の消化器手術では内視鏡を挿入し、その単一の視点から一人の人間が操作 を行うという形式ですが、生体内サイバーティックアバターの技術が実現すれば複数の視 点で、複数のツールで、複数の人間が同時に操作をすることが可能になるでしょう。生体内 サイバーティックアバターは 2025 年、2030 年それぞれにマイルストーンが設定されてお り、実現が楽しみな技術となっています

ーーバイオロボティクスの研究ではどのような機器を用いるのですか

微細なロボットを作るうえで必要なのは電子顕微鏡や薄膜をつけるスパッタリング装置、 高精度のインクジェットプリンタなどです。そして特筆すべきは3D プリンターです。下の 画像は日本に一台しかないBMF の 3D プリンターで、xy 方向で2μm、z 方向で5μm ほ どの分解能で微細な三次元物体を作ることが可能です。市販の3Dプリンターだと数百μほ どの精度しか出ないので、それに比べると二次元方向に百倍程度、三次元空間だと10 の六 乗倍ほど精度が良くなっています。

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この 3D プリンターよりさらに精度が良いのが下の 3D プリンターです。BMF の3D プ リンターの十倍、三次元空間だと10 の三乗倍ほど精度が良く、値段も1 億円相当と非常に 高くなっています。先ほどのプリンターで髪の毛一本を作るなら、このプリンターは三次元 的な髪の毛のキューティクルをも作ることが可能です。感光性のフォトレジストを用いて いるのでイエロールームに設置されています。

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三次元構造を作るには当然3D プリンターが適していますが、二次元パターンの微細な加 工、例えば半導体素子などは下の危機を用いてレーザー描画でモノクロのパターンを作り 露光機でフォトレジストを感光させて、できた凹凸に樹脂を流し込むという手法で作製す ることが出来ます。

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Voices of students

今回の研究室訪問では新井先生の他、実際に研究室に所属している学生にもインタビュ ーをさせていただきました。ここではそのインタビュー内容を抜粋して紹介します。

ーー現在はどのような研究に着手していますか

研究の主目的は現在の世界的な食糧需要問題の解決策になり得る、植物再生力の解明で す。植物再生のメカニズムを解明できれば、切ったところから再生し、何回も収穫できる植 物の育成方法等が開発できるかもしれません。具体的には、シロイヌナズナの根の細胞の細 胞壁を酵素によって溶かし、プロトプラストと呼ばれる遺伝子情報の含まれた細胞を抽出 して解析するということを行っています。これにより、単一細胞レベルで再生力等を調べる ことが可能です。下の写真のように光学顕微鏡と蛍光顕微鏡を組み合わせ前者でXY 方向位 置、後者で Z 方向位置を高い分解能で追い一定時間おきにスキャンをすることで抽出した プロトプラストの、元の根における位置関係を知ることが出来ます。

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ーーこの研究室を選んだきっかけを教えてください

ソフトウエア関連、いわゆるプログラミングと機械力学系に興味があったので、この二つ の分野に跨っている新井研究室を選びました。

取材日:2023年4月20日
文責・撮影:    佐藤 春樹

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